Vol.5 TOP-07~Episode 21~

昨日の快晴とは違って今日のオホーツク海は鉛色に見えた。
僕はさらに西へ向かった。
雨は一向におさまる気配はない。

幸運なことに僕はこの旅が始まって以来、雨ばかりの日はなかった。
だから今日みたいに全く止まない雨は始めてのことだ。

いや、この旅どころか丸一日雨の中走ったことは今まで一度もなかったのだ。
雨の日の装備は万全にしていたはずだったが、やはりその経験が皆無だったことは未熟だった。
そのため計算外のことが多くあった。
雨の日というのは完全防備でなければ危険なのだ。
それは冷静に考えたら分かりそうなことだが、当時の僕には長時間雨にさらされることがいかに危険なことかは分かっていなかった。
それは雨そのものの勢いは大したことはなくても、肌を露出してる部分は確実に体温が奪われる。

例えば僕の場合、帽子や靴や手袋までは防水加工されてなくてもいいと思ってそんな物は用意していなかったのだ。

ハンドルを握る手はふやけては冷える。
布製の帽子も完全完全に水に浸された状態となって頭も冷える。
そして、一番困ったのが靴だ。
帽子や手袋はまだ搾れば水分は抜けて一時的であれ軽くはなる、しかし靴はそういうわけにはいかない。
靴の中がジュクジュクの状態で僕は重いペダルをこいだ。
チャリもギアの油の効き目も雨で流されてキシキシ鳴るし、とにかく雨の日は最悪だということを、恥ずかしいことながら僕はこの日初めて痛感したのだ。


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テンションはどんどん下がり、ミジメになってくる。
どんな時も、自転車の操作環境だけは快適にしておかないといけない。
気分が滅入ったまま長時間乗り続けるのは事故につながる恐れもある。

僕は雨具の装備を充実させていなかったことを後悔した。

出しても雨に濡れて故障する危険性もあるので名所に着いても下手にカメラも取り出せない。
しかしそれでも僕はライダーNの言ってたサロマ湖の計呂地という場所にある汽車の宿までたどり着いたとき、カメラを取り出した。

「汽車の宿というか、汽車そのものやんけ…。」

ここで300円出せばこの汽車に泊まることができるらしく、ライダーNはそうしてここに泊まったが、止まってる列車の不気味さに困ったらしい。
なんでも、Nが言うには車内に入ると向こうの車両の座席からまるで座ってる人がこっちを見てるように見えるという錯覚に怯えていたらしい。

「アイツも恐がりやな~別にそんな恐くはないやんけ、俺が襟裳へ行く途中の電車の宿の方がよっぽど恐かったわ。」

と、思った。そもそもNはオカルト説のあるキャンプ場や不気味な雰囲気のあるキャンプ場には一切泊まらなかったらしい。
バイクではそんなワガママなことはできたとしても、僕らチャリダーはキャンプ場を選ぶ余裕はないのだ。

でもまあそんな僕もこれは昼間見たからこんなに余裕なだけで、実際僕もここに泊まってその夜を経験するともしかしたら僕もNと同じように思ったのかもしれないが…、まあそれにしてもNは大袈裟だろう。
僕はそんなNに対抗するため、今晩一人でここに泊まって

「お前情けないヤツやな~あんなん全然大したことなかったやんけ~」

と奈良に帰った時僕の余裕綽々な態度を見せてやろうと思ったが、日没までに時間はかなりあったのでここに泊まるのはやめてその分距離を稼ぐことを優先した。

Vol.5 TOP-07 Episode 21